トップページ > その他雑記 > 失恋傷心(2003/06/25)
ちょっと落ち着きを取り戻しつつあるのでキーボードを叩いてみる事にした。 傷心に浸...
ちょっと落ち着きを取り戻しつつあるのでキーボードを叩いてみる事にした。
傷心に浸るのがバカバカしくなるほどサッパリとした振られ方。
別れ際には相手を階段から突き落とせと言う言葉があるが、まさにそんなイメージかな。
相手に未練を持たせたり、中途半端な振り方は結局自分のズルサのなせる技。
相手の今後を考えるなら、突き落とした方が嫌われるくらいの方が相手の為なのだと言うことを、身をもって感じた。
でもオイラには、余りにも突然すぎる出来事でイキナリ周囲の酸素が無くなって窒息すると言う表現がしっくりくるような反応だったと思う。
必要で当たり前にあったものが、忽然と失われてしまう。息苦しくて、もがいて、叫んでみてもなお辛いだけ。
オイラは失恋とか辛いことはどんなに長く引きずっても2~3週間で立ち直れてしまう。その程度の思いなの?とかよく言われるけれど引きずる期間の長さは思いの大きさと比例しないものだと思ってる。
事実どれだけ心の中を占有し、どれだけ大切に思っていたかなんて、思っている自分自身の問題で、人にとやかく言われたり、その思いを評価される覚えなんて無い。
ただ、思っていることと、思いを伝えられると言うのは全く別物で、自分自身は後者があまり得意ではないようだ。これは正直、大きな問題で、自分の思いを押し付けたり伝わらなかったりで、独りよがりな感情に他ならない。
振ったり、振られたり。誰の問題なの?と短絡的に答えを探すことは出来てもその答えの信憑性は高いとはいえない。答えはもっと、深いところ。もっと見えないところに潜んでいるものだと思う。
今回の恋愛は、オイラがまず、人を傷つける所から始まった。横恋慕っていうやつね。今のオイラと同じ苦しみを誰かに与えたのだから自分が同じ目にあっても、文句は言えないし、当然と言えば当然のしっぺ返しだと心得ている。
誰かを好きになることは、誰かを傷つけること。
人を傷つけてでも自分が幸せになることを追求する生き物。それが人間だと思う。それを我侭とは思わないし、それは当然のことだと思う。
受け入れがたくとも、受け入れなければならないのが生きると言うことなのだろう。
エゴとエゴをぶつけ合い歩み寄り合いお互いを現状よりも更に一歩、高い位置に持っていければ、その恋愛は意義あるものなのではないのかな?なんて思えたりする。
まだまだ帰り道、思い出の詰まった町を一人出歩いて帰るのは辛いものがあるけれど、自分の存在意義を見出せたこの10ヶ月間に後悔こそしないが感謝の気持ちでいっぱいなのは事実。
今いえるのは「ありがとう」